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      「みにくいあひるの子」だった私79

      時間: 2019-09-23    進入日語論壇
      核心提示:真の自立「おれ、アンナのことがわからなくなっちゃったんだ。ヒロコ、どう思う?」最近、親友のヒロコの口から意外な事実を聞か
      (單詞翻譯:雙擊或拖選)
      真の自立

      「おれ、アンナのことがわからなくなっちゃったんだ。ヒロコ、どう思う?」
      最近、親友のヒロコの口から意外な事実を聞かされた。
      私が彼と同棲(どうせい)をはじめたあとのこと、突然、私の父から彼女のところに、そんな電話があったという。いくらかお酒が入っていたようだけど。
      「どう思うって、私に聞かれたって困りますよ」
      「どうしたらいいか、わからないんだ。なにかヒントでもないかな……」
      話しているうちに、父は泣き出してしまったという。
      それほど私のことを……でも、こんなの、少しも父らしくない。父をそんなふうにしちゃったのは、私のせいなんだ。
      あるとき、こんなことがあった。
      「アンナ、今日は一緒に晩ごはんを食べにいこう」
      「うん、パパ、わかった」
      朝、そういう約束をして出かけたのに、途中で別の用事が入ってしまったので、父に食事に行けなくなったと電話を入れた。そのときは少し怒(おこ)っていたようだけど、
      「そうか、わかった。で、お土産(みやげ)はなにがいい」
      「じゃあ、お壽司(すし)をお願い」
      夕方、帰宅したときには、両親はまだ外出から帰っていなかった。しばらく待っていたけど、おなかがすいてがまんできなくなったので、冷蔵庫にあるもので適當にすませてしまった。父にお壽司を予約していたことを忘れたわけではなかったけど。
      両親が帰宅したとき、私はテレビを見ながらくつろいでいた。
      「ほら、買ってきてやったぞ。おなかすいただろう」
      「さっき食べちゃったからいい。だって、あんまりおなかがすいちゃったんだもん」
      寢っころがったまま、ほとんど見向きもしなかった。その直後、顔のあたりになにかが猛烈(もうれつ)な勢いで飛んできて、床(ゆか)の上ではじけた。見れば、なんとトロ。バラバラになったシャリも。次はウニ、エビ、アナゴ……次々にお壽司が飛んでくるではないか。
      あわてて飛び起きたら、真っ赤に怒った父の顔。
      「ばかやろう。人に頼(たの)んでおいて、その態度はなんだ!」
      お壽司を折りから一つずつつかみ出しては、私に向かってぶつけていたのだ。まさに“仁義(じんぎ)なき戦い”。すっかり震(ふる)えあがってしまった。
      やっぱ、うちのパパはこうでなくちゃあ。
      もう一つ、これは母から聞いたことだけれど、私が彼との別れを決意し、父に「帰っても、うちに私の部屋はないよね」とさぐりを入れたとき、私には「おまえの部屋なんかない」と言ったけど、父親の勘(かん)とでもいうか、これはいつもと違うと感じたらしくて、その電話の二日ぐらいあと、母にこう言ったという。
      「おい、ママの服、すぐに全部捨てろ」
      改造して母の衣裝(いしよう)部屋になっていた私の部屋を、もとに戻(もど)せというわけ。
      オヤジの直感って、すごいなあ。
      私の持ち物も、出ていったときよりずっと多くなっていたから、またもとの部屋に戻るのは、自分でも無理だと思っていた。そのときは、荷物はどこかに預(あず)けるとして、次の部屋が見つかるまで、一ヵ月ほどいさせてもらえたらありがたいのにな、という気持ちだった。
      だから、その話を聞いたときには、すごく感動し、感激した。私のことを、そんなに心配してくれていたなんて。それにひきかえ、私はなんて親不孝だったんだろう。
      母の「いやよ!」の一言で、その話は消えちゃったそうだけど。母のほうも“仁義なき戦い”。
      家を離れていた七年間は、親もとから自立しているようで、実際はべったりだったのではないかと思う。離れていたのは身體(からだ)だけ。自分の耳はふさいだまま、親に泣きごとばかりぶつけていたのだから。それを突っぱねるようで、本當はちゃんと受けとめてくれていたんだ。
      私は、これまで生きてきた中で、いまほど両親の話を素直(すなお)な気持ちで聞けるときはなかった。少し遠まわりはしたけど、いまこそ、本當の意味での自立のときを迎(むか)えているような気がする。
      去年のクリスマスの日、両親からクリスマスカードが屆いた。
      「アンナへ
      一番の親孝行は、おまえがいつも笑っていることです。
                                                                     パパとママより」
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